ワクチンの打ち方はオーダーメードの時代に・2017年犬の混合ワクチン事情

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15年位前からじわじわと広がった「混合ワクチンは3年に1回打てばいい」説。時間をかけて獣医師の間でも議論が深まりつつあります。

この変化の背景には、感染症が少なくなったことがあるのでしょう。私が新人だった約20年前(年がばれる!!)、パルボウイルスに感染した子犬の頸静脈から注射をしたことを思い出します。腕から留置針が入らないほど小さく、首から点滴ができるほどぐったりしていたのです。

10年前に訪れた北京の大学病院では、次々とジステンパーの犬が担ぎ込まれ、亡くなっていきました。

私のいる東京では今やパルボもジステンパーもほとんど見ることはありません。

ワクチン接種率の増加、ワクチン性能の向上、衛生環境と栄養状態の改善など、様々な努力があって現在の姿があるのであり、決してこの状態が当たり前ではないことを肝に銘じつつ、警戒を緩めることができるようになったのはとても良いことだと思っています。

今はまだ過渡期なので、獣医師によって言うことも違ったりして、実際混合ワクチンってどうすればいいの?1年に1度?それとも3年に1度?と混乱されている飼い主さんも多いかもしれません。

最新(2015)のWSAVA※2のガイドライン(日本語ですが64ページ!)を参考にしつつ、日本の現状も併せて犬の混合ワクチンの接種プログラムについて考えてみたいと思います。

※1:狂犬病ワクチンと、猫のワクチンについてはちょっと違う話になりますので、また別の機会に取り上げたいと思います。

※2:WASAVA
World Small Animal Veterinary Association(世界小動物獣医師会)

目次

01 結論
02 ワクチンの分類について
03 子犬の初年度ワクチンプログラム
04 成犬のワクチンプログラム
05 高齢犬の場合
06 欧米で作られたワクチンプログラムをそのまま日本で実行して大丈夫?
07 ワクチン製剤の問題
08 ワクチンの証明書を求められたときは?
09 まとめ 混合ワクチンの接種プログラムは、獣医師の踏み絵になるか

01 結論

すべての犬が1年に1度、コアワクチンを打つ必要はない。

けれども、すべての犬に当てはまるたったひとつのワクチンプログラムがあるわけでもない。

犬の体調や生活環境を考慮して、獣医師と飼い主さんが相談してそれぞれの犬にオーダーメイドのワクチンプログラムを作る時代が来たのかも。

02 ワクチンの分類について

ガイドラインでは、ワクチンを次のようにグループ分けして考えています。

重要度からと、コアワクチンノンコアワクチンに分けられます

コアワクチン:発症すると重症化するため、すべての犬で打つことが推奨されるもの
 パルボウイルス、ジステンパーウイルス、アデノウイルス

ノンコアワクチン:流行地の犬のみ打つことが推奨されるもの
 パラインフルエンザウイルス、レプトスピラ

 

性質から分類すると、生ワクチン不活化ワクチンがあります

生ワクチン:弱らせた生の病原体を使用したもの。効果が出るのが早く、効果の持続時間も長い。
 パルボウイルス、ジステンパーウイルス、アデノウイルス、パラインフルエンザウイルス

不活化ワクチン:死んだ病原体の一部を使用したもの。効果が出るのが遅く、効果の持続時間は短い。
 レプトスピラ

03 子犬の初年度ワクチンプログラム

コアワクチンは6~8週齢で最初の1回を打ち、その後は2~4週おきに接種、最後は16週以降に1回打つようにする。その後6か月齢または1才齢で再接種(ブースター)を行う。

ノンコアワクチンは、地域の流行やライフスタイルを考慮して、必要な場合は8週目以降に1回目を打ち、その2~4週後に2回目を打つ。

子犬ではなんでこんなに何度も打つ必要があるかというと、母犬からもらった抗体(移行抗体)が子犬の体の中にあるうちは、ワクチンを打っても効かないためです。

移行抗体が消える時期は個体差があるのですが、だいたい8~12週齢までにはワクチンが効くレベルまで低下します。

それだったら例えば16週に1回打てば良さそうなものですが、万が一その子の移行抗体が6週齢で消えていた場合、そこから10週も防御力ゼロの状況が続いてしまうのはマズイ、ということでいつ移行抗体が消えても大丈夫なように細かく打つのです。

今回のガイドラインでは、ワクチンを打つタイミングについては、だいたい日本で今行われているプログラムと大きな差はありません。

ただ、ブースターをかける時期が変更されています。今までは1才齢または、最後のワクチンから1年後に接種だったのですが、今回6か月齢で打つという選択肢が加わっています。

ブースターは、初年度のワクチンが移行抗体に邪魔されて効いていなかった時にそれを補う目的で行われるものなのですが、1才までワクチンが効いていない状態を放置するよりも、もっと早くにその状況を改善したほうが良いのではないか、という理由からの変更のようです。

04 成犬のワクチンプログラム

初年度の子犬のワクチンが終わってからは、コアワクチンを3年に1度、必要に応じてノンコアワクチンは毎年、というのが基本形になっています。

ガイドラインではコアワクチンは3年毎よりも短い間隔で打つべきではない、という強い表現になっています。

しかし、

ワクチネーションは、その動物の年齢、品種、健康状態、環境(有害物質への曝露の可能性)、ライフスタイル(他の動物との接触)、旅行習慣などに基づいて個別に検討すべき包括的な予防的ヘルスケアプログラムの一部に過ぎないと考える。

とあるように、全ての犬にただ機械的に当てはめれば良いワクチンプログラムがあるというわけではありません。

ワクチンアレルギーなどの問題がある場合は、3年以上間隔をあけるてコアワクチンを打つこともあるかもしれませんし、新たに迎え入れた子犬がパルボウイルスを発症した、というときには先住犬のコアワクチンの接種間隔を狭める必要があるかもしれません。

打つべきタイミングを知るためにウイルスの抗体検査を行い、判断の材料にすることも推奨されています。

まれにワクチンを打っていても遺伝的に抗体値が上がらない犬も存在しますので、1度は測ってみると良いかもしれません。

日本のノンコアワクチンとしてはパラインフルエンザとレプトスピラがあるのですが、お住いの地域の発生状況や、どこに旅行するか、不特定多数の犬に会う機会がどの程度多いかなどを考慮して、何を打つかまたは打たないのかを決める必要があります。

ちなみに海外ではノンコアワクチンとして、レプトスピラのほかにボルデテラ、ライム病(ボレリア)、パラインフルエンザがあり、個々の事情に合わせて接種が行われています。

コアワクチンは3年に1度でも、これらのノンコアワクチンのどれかしらを毎年打っている、というケースが多いようです。

05 高齢犬の場合

幼少期に完全なワクチネーションを受けている高齢の犬や猫については、特別なコアワクチンの接種プログラムが必要というエビデンスは得られていない。

とありますので、高齢だからと言って、ワクチンを増やしたり減らしたりする必要はありません。健康上の心配から接種を避けたい場合は、抗体値の測定も薦められています。

ただ、高齢犬が初めて受けるワクチンに関しては、抗体値が上がりにくいようです。

例えば、ずっとコアワクチンのみを打ってきた15才の犬が、近所でレプトスピラの発症があったため生まれて初めてレプトスピラワクチンを受けた場合、1回で感染を防ぐレベルまで上がらないケースがあるため、1年後を待たずに追加接種する必要があるかもしれません。

06 欧米で作られたワクチンプログラムをそのまま日本で実行して大丈夫?

このガイドラインの根拠となったデータは日本以外で取られたものがほとんどのため、日本の状況に即していない、という意見があります。

確かに同じウイルスでも、国が違うと株が違うことは良くあることです(株が違っても共通のワクチンで対応できることも多いですが)。

また、使うワクチン製剤が違えば効果も違うかもしれません(欧米からの輸入ワクチンも多いですが)。

犬種にしても、欧米と比べて日本は小型犬が圧倒的に多いという違いがありますので、それがどう影響するのかもわからないところがあります。

本当は日本の犬で、日本に流通するワクチン製剤を使って、ちゃんと調査をして日本のガイドラインを作ってくれればいいのに、と思います。

製薬会社なのか、獣医師会なのか、大学なのか、はたまた農水省なのかわかりませんが、音頭を取ってデータを出してくれたら獣医師は安心してそのプログラムに従うことができるのですが、残念ながらそのような動きは出てきません。

WASAVAは全世界に向けてこのガイドラインを発信し、推奨していますので、おそらく日本でも大丈夫だろうと私は思うのですが、過渡期にあっては、個人で抗体値を測り、個人で安全を確認しながらWASAVAガイドラインを実行していく、というのが現実的な方法なのかなと思います。

07 ワクチン製剤の問題

現時点では、残念ながら犬の3種類のコアワクチンのみを含むワクチンは日本では入手できません。

2種のコアワクチン(パルボ+ジステンパー)か、3種のコアワクチン+ノンコアの混合ワクチンのみです。

ノンコアワクチンでは、レプトスピラ単独のワクチンはありますが、パラインフルエンザ単独のワクチンはありません。

実はまだ、ガイドラインを完全に行える環境ではないのです。

今あるもので、ガイドラインに近い打ち方を模索する段階です。近い将来、ガイドライン通りに接種できるワクチン製剤が入手できるようになることを期待しています。

08 ワクチンの証明書を求められたときは?

WASAVAガイドラインを実行すると出てくる問題として他には、証明書をどうするのかということがあります。

多分ほとんどのワクチンの能書からは1年後に追加接種という記載は消えていますので(ノビバックのみコアワクチンに対して3年の抗体持続を明記)、少なくともコアワクチンに関しては証明書に3年後の日付を記載するのは獣医師の裁量で可能だと思います。

しかしドッグランやトリミングサロン、ペットホテルなどでは、1年以内の混合ワクチン接種を義務付けているケースが多く、ペット関連施設を利用できないというケースがあるかもしれません。

しばらくは抗体値を示した書類で代用するなどもしながら、新しいワクチンプログラムを浸透させていく地道な活動を、獣医師と飼い主さんが一体となって行う必要があります。

09 まとめ:混合ワクチンの接種プログラムは、獣医師の踏み絵になるか

はじめて「混合ワクチンは3年に1度で良い」という話を聞いたときは私も半信半疑でした。

それから10年以上経ちますが、「混合ワクチンは1年に1回」という常識は変わっていません。

獣医師は新薬にはすぐに手を出さない人が多かったりと(副作用の状況を観察したい)、患者さんを守るために慎重にならざるを得ないところもあり、常識を変えることの難しさを感じます。

それでも時間をかけてガイドラインは着実に浸透してきて、獣医師会でもワクチン接種は1年に1度とは限らないことをはっきりと表明しました

徐々にワクチンプログラムを変更する動物病院も出てきています。おそらくここ数年でガラッと変わるでしょう。

1年に1度混合ワクチンを打つ、ということが必ずしも悪ではないのですが、ワクチンプログラムについて獣医さんに相談しても、一切の説明や話し合いがなくみんな1年に1回打つものだから、というだけだとしたら、ちょっと問題かもしれません。

まだまだ1年に1回派が主流ではありますが、今後、ワクチンプログラムは獣医師がどういうスタンスで診療をしているかを問う踏み絵になるかもしれないなあと思います。

 

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